東京高等裁判所 昭和62年(ネ)3239号 判決 1988年8月08日
控訴人
破産者安部邦夫破産管財人
八木良和
被控訴人
文部省共済組合
右代表者文部大臣
中島源太郎
右指定代理人
遠山廣直
外七名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は控訴人に対し、金五一〇万〇三六四円及びこれに対する昭和六一年七月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行の宣言。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文第一項と同旨。
第二 当事者の主張及び証拠関係
当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決二丁裏一行目の「訴外安部邦夫」とあるのを「訴外安部邦夫」と、同裏一〇行目の「被告に対し」とあるのを「被控訴人(大阪教育大学支部長)に対し」と、同三丁表二行目の「国に対し」とあるのを「国(大阪教育大学支出官)に対し」と、それぞれ改め、同八行目に続けて「なお、破産法七二条二号につき、破産者の通謀、加功を必要とする根拠は存しない。」を加える。
二 原判決四丁裏一〇行目に続けて「破産法七二条二号による否認権行使の対象は、破産者の行為又はこれと同視し得べき行為に限られるところ、破産者の行為と同視し得べき行為とは、破産者が当該行為に積極的に加功し、当該行為を維持すること自体不当であるものであることを要するというべきである。」を加える。
三 原判決六丁表一行目に続けて「したがって、被控訴人は、訴外安部の自由財産から弁済を受けたにすぎず、破産債権者が受けるべき弁済額に影響を及ぼすものではない。」を加える。
四 原判決六丁裏一行目の「被告に支払われた」を削除する。
五 原判決六丁裏七行目の「一〇一条二項を」とあるのを「一〇一条二項は、被控訴人に特別の優先弁済を受ける権利を与える規定ではないし、」と改める。
六 原判決六丁裏一〇行目の「本件」の次に「原、当審」を加える。
理由
一当裁判所も、控訴人の本件請求は理由がないから、これを棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり訂正するほかは、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。
1 原判決七丁裏二行目冒頭から同九丁表七行目末尾までを次のとおり改める。
「そこで、まず、国の被控訴人に対する右支払行為が破産法七二条二号による否認の対象となる破産者である訴外阿部の行為あるいはこれと同一視すべき行為といえるか否かについて、判断する。
破産法七二条二号は、破産者が支払いの停止又は破産の申立てがあった後にした債務の消滅に関する行為等を破産財団のために否認することができる旨を規定しているが、ここにいう債務消滅に関する破産者の行為とは、破産者が自らした行為のみに限定すべきではなく、破産者の通謀加功により特定の債権者が執行行為をし自己の債権の満足を受けた場合の右執行行為などのように、破産法上否認制度を設けた趣旨に照らし、破産者の行為と同一視すべき債権者等の行為を含むものと解すべきである。しかし、このような関係にあるとみることのできない債権者等の行為については、右法条によってこれを否認することはできない。
ところで、国公共済法一〇一条二項は、国家公務員等共済組合(以下「組合」という。)が同法九八条五号の規定により組合員に貸し付けた金員の未返済金等がある場合には、組合員の給与支給機関は、報酬その他の給与(退職手当を含む。)を支給する際、組合員の報酬その他の給与から組合員が組合に対して支払うべき金額に相当する金額を控除して、これを組合員に代わって組合に払い込まなければならない旨を規定している。右規定は、組合の組合員に対する債権の回収を確実にして、組合の財源の確保を図ろうとするものであり、その結果、組合は組合員に対して組合員にとって有利な条件で貸付けを行うことが可能となり、ひいては組合員の福祉の増進に資することとなるのである。国公共済法一〇一条二項は、組合員の組合に対する債権の回収方法を右のような趣旨から法定したものであり、組合員の意思のいかんを問わず、右規定による控除・払込みが行われるのであって、他の決済方法を選択する余地はない。このような法規の存在を前提にして、組合から組合員に対する貸付けが行われると、その時点において、組合、組合員及び給与支給機関の三者間において、給与を支給する際に組合員が組合に対して支払うべき金額があるときは、給与支給機関は、その金額に相当する金額を控除して、これを組合員に代わって組合に払い込むべき義務を負うという法律関係が成立するのであって、その後において右の控除・払込みが行われるのは、右のような法律関係が成立したことの結果にすぎない。そうであるとすると、給与支給機関がする右払込みをもって組合員である破産者のした行為ということができないのはもとより、破産法上否認制度を設けた趣旨に照らして破産者の行為と同一視すべき行為に当たるともいえないというべきである。けだし、給与支給機関がする右払込みは国公共済法一〇一条二項の規定に基づいて給与支給機関が自ら義務づけられたことをその責任において行う行為であり、また、法は右のような控除・払込みによる財産関係の変動を正当なものとして是認しているものとみるべきだからである。
これを本件についてみるのに、訴外安部の給与支給機関である国(大阪教育大学支出官)が同人に対する退職手当から金五一〇万〇三六四円を控除してこれを被控訴人に対して支払った行為は、国公共済法一〇一条二項に定める決済方法に従ってされたものであるから、これを破産者である訴外安部の行為あるいはこれと同一視すべき行為であるということはできず、したがって、破産法七二条二号による否認の対象とはならないというべきである。
なお、国が被控訴人に対し訴外安部の未返済貸付金を支払う前に、訴外安部から国(大阪教育大学支出官)は控除依頼書の提出を、被控訴人(大阪教育大学支部長)は確約書の提出を、それぞれ受けていることは、前記一のとおり当事者間に争いがないが、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人において、事務処理の円滑化及び本人の便宜を配慮して、国が被控訴人に対し退職手当から未返済貸付金相当額を差し引く場合には、組合員になるべく事前に連絡するという事務処理方針に基づき、控除依頼書及び確約書の提出を求めていることが認められるので、右各書面の提出は組合員の便宜等のための事実上の取扱いにすぎず、国は右各書面の提出がなくても前記のような決済方法を採らなければならないのであるから、右各書面が提出されていることから、国の被控訴人に対する訴外安部の未返済貸付金相当額の支払行為をもって訴外安部の行為あるいはこれと同一視すべき行為であるとすることもできない。」
2 原判決九丁表一〇行目から一一行目にかけて「組合員の便宜を図るため」とあるのを「組合員の便宜等のため」と改める。
3 原判決九丁裏五行目の「請求原因3の(四)」とあるのを「請求原因3の(三)」と訂正する。
4 原判決一〇丁表二行目の「付言するに、」とあるのを「のみならず、」と改める。
二以上によれば、控訴人の本件請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官北川弘治 裁判官前島勝三 裁判官笹村將文)